2013年5月12日日曜日

『自閉症だったわたしへ(ドナ ウィリアムズ著)』

ぽにょ太が小さい頃、意志の疎通ができないぽにょ太の心の中が知りたくて自閉症の方本人が書いた本を何冊か読みました。その中で読みやすかった何冊かの中の1冊が自閉症だったわたしへです。

しばらくすっかり忘れていた本ですが、このブログの読者の方に“おすすめの本です”というメッセージを頂いたこともあり、ふたたび読んでみました。Mさん、ありがとうございます。

その当時は読みやすいと感じたのですが、いま読み返すとかなりのボリュームあります。

ドナは記憶力ととにかく良くて、まるでビデオで撮影したかのようにすべてを良く覚えていて、すべてのことがしっかりと書かれているのです。そのころは自閉症を理解したくて必死だったので読めたのかも。

さらっと軽く読む本をお探しの方には自閉症の僕が跳びはねる理由、をおすすめします。





ひと口に自閉症といっても人それぞれ違います。とても個性的な人たちなんですよね。なので、“ドナの場合はこうなんだ”と思いながら読むのがいいと思います。


『自閉症だったわたしへ』を読んで感じたことは、このドナ・ウィリアムズって言う人はなんて魅力的な感性の持主なんだろうということでした。

ドナは幼いころから“キチガイ”と呼ばれていたそうです。

わたしはいつも、人を引きつける魅力と“キチガイ”度って微妙に紙一重だなあと感じています。

音楽でも絵画でも、綺麗とか上手いとかだけではすまない、ふれてしばらく頭からずっと離れないような作品をつくる芸術家の方には大抵“狂気”をほのかに感じるのです。

 

自閉症と愛情

自閉症の人は愛したり愛されたりする感情がないというえらい先生もいて、ぽにょ太と毎日過ごしながら
“この子は私のことなーんとも思ってないのかな”
と思っていたころがありました。

 自閉症の方が書いた本を読んで、個人差はあるものの、お母さんが大好きだったり、逆に大嫌いだったり、友達が大好きだったり、嫌いな友達がいたりすることがわかり、ほっとしたのを思い出します。

 

障害は“治す”べき?

息子のぽにょ太が自閉症なので、
「自閉症は治らないなんてことはないですよ!治りますよ!○○って学者さんをご存知ですか?」
なんてメッセージを頂くことがあります。とてもありがたいことだと思います。

ありがたい、と思いながら、治す、という言葉には抵抗を感じてしまいます。


わたしはもともと左利きだったのですが
「左利きはよくない」
といわれ、箸で手をたたかれながら右利きに治され(!)ました。そういう時代でした。
そのときの
“左手を使うなんてなんて悪い子だ”
といわんばかりの大人たちの目線を思い出してしまうのです。


つい最近まで、知的障害を持つ人が通う施設は“知的障害者更生施設”と呼ばれていました。 先輩ママさんが
 「この子たちは何も悪いことをしていないのに更生させられるんだよね」
と、言っていいました。今は名称が変わり、“障害者支援施設”とか“指定障害福祉サービス事業者”とか呼ばれるようになりました。


自閉症を治す、という言葉に
「私たちが正しい、あんたたちは正しくない、だからあんたたちは私たちのようになりなさい」
というニュアンスを感じてしまうのですよね。わたしが考えすぎなのかもしれないですが。

色々な考え方がありますが、治すんじゃなくて、お互いに上手く生きていくために歩み寄るのがいいな。



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2 件のコメント:

  1. う~ん、うちの娘とはまた違った問題?ですよね。
    前もほんわかさん言ってたけど、ぽにょ太君の場合見た目でわからない障害だし、少し前まではしつけが悪いなんて誤解されていたしね・・
    うちなんかは、障害は一目でわかるし、どうしたって治らないのは誰が見てもわかるからね。
    だから逆に楽な面もある、みんなかわいそうな目でそっとしておいてくれるから(笑)
    当たり前に、みんな一緒に生きられる時代が来るといいね^^

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    1. キナコさん、こんばんはー。いつもありがとう。

      考え方も感じ方も人それぞれで、そっとしておいてくれない人も悪気はなくて善意で言ってくれてるんだからありがたいんだけどね。

      なんかうまくまとまらないやー


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